第二話、『出立(2)』。
まあ旅立ちが重要だからいいのかなぁ、とか思いつつ。
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あとはいい、と言われ、私は一礼を返した。
コリオお爺様が、ふむ、と考え込むような動作をする。
「クリスタルを見つけ、力を受け取った、と言ったのう」
まさかクリスタルがこんなにも身近にあるとは、驚きじゃ、と、コリオお爺様は独り言のように言う。
「どんな力なのか――実感はあるかのう?」
「はい」
レオ以外の三人が頷いた。
レオも反応しなかっただけで、実感はあるだろう。
「私とティータは、魔力が上がっています。バッツとレオは力が」
「あと、魔法の知識もね。あたし黒系全然使えないのに、なんだかよく分かるようになってたし」
「俺は、剣の知識が。そして、打撃に対する防御法も」
なるほど、とコリオお爺様は頷いた。
続けて話し出すのは、元料理人だったというコペお爺様だ。
「お主たちがもらった、ジョブという能力……それを使いこなせば、きっとお前たちの旅は簡単になるじゃろう!」
そして彼は満面の笑みで、
「そうじゃ、餞別に、お前たちに、好物の作り方を教えてやろう……!」
バッツとティータがメモを取り始めるのを甘く無視し、話し出す気配へと顔をあわせる。
ネリクお爺様だ。
「ふむ……最近増えてきた魔物、頻発する地震……クリスタルの封印のせいで、邪気が漏れ出しておるのかのう」
ネリクお爺様は、元学者ということで、神話や土着の伝説に深い知識を持つ。その知識が、続く言葉として来た。
「知っておるか、クリスタルに選ばれた伝説の戦士達を。彼らもまた、クリスタルに光を取り戻していったと言うが……おぬしらが選ばれるとは、数奇な運命じゃて……」
うむ、とコリオお爺様は頷き、
「捨て子じゃったお前たちを拾ってきたときには、こんな風になるとは思いもせなんだのう……」
ふ、と彼は息を吐いた。
そして、胸元から何かを取り出した。
それは、
「――クリスタル?」
レオが怪訝な声をあげた。
クリスタルというには、形がいびつで、しかも小さい。
砕けたものなのか、尖っている部分もある。
「クリスタルのかけら、……とでも呼ぼうかの。お前たちを見つけたときに拾ったものじゃ」
「これも……クリスタルなのでしょうか?」
「……おそらくは、そうじゃろうな……」
「え? ちょっと待ってよ、それじゃあ、……クリスタルは、もうひとつ割れちゃってるの!?」
「それは分からぬが……その謎を解き、クリスタルの封印を解いて回るのが、お前らの使命じゃろうて」
コリオお爺様はそこで小さく笑い、
「さぁ、受け取ってくれぃ」
ぐ、と、その身を乗り出し、かけらを渡してきた。
受け取ると、
「!?」
それは体に沈み込み始めた。
「やっ、」
ぞわり、と何かの意思が私に入ってくる。
意思は力だ。
その力の触手が、受け取った手から脳に到達し、
「――――」
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「はっはっは、貴様らなどに捕まる怪盗ゼロではないよ!」
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「待てぇーい! 待たんか、怪盗ゼロ!」
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「今宵、ここに怪盗ゼロは参上した!」
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「ミニマム伯爵へ。お宝、頂戴いたしましたまる……と。フフフ完璧だな私! ふわはははは!」
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「――――!?」
「ど、どうした!? フェイ!?」
「な、なんだか恐ろしく気障ったらしい男のビジョンが……!!!! 吐き気がする!」
言った瞬間、クリスタルが抜けた。
レオがそれを握り奪ったのだ。
手指にそれが沈み、そして二秒経ち、
「――い、イカす!!」
叫んだアゴに思わず膝が入った。
おうふ、とよろけたレオの手がティータの胸に行き、
「あ」
ふよん、とクリスタルの先端が胸に食い込み、沈んで、
「――か、かっこいい!!」
「頭が同じ種類かあんたらはぁ――!」
とりあえずレオの頭をシェイクしてティータとは違う種類のそれにチューニングした。
よし、と頷いた先で、バッツがクリスタルに手を触れ、
「…………中々の御仁のようだ」
めまいがした。
私以外みんなアホだった。
できれば私のようにクレバーになれ。ティータはかわいいからそのままでもいいが。
と、レオが再度クリスタルに触れ、私の後ろに回り、ぱんぱんと肩を叩いた。
「……なるほど。こういう能力らしいな」
そして、ひらり、と私の頭に何かが乗る。
ん、とそれを手に取ると、
「ハハハ気づかなかっただろ、でもオマエどーせ胸ないんだからサラシなんt
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馬鹿が氷壁に押されて壁をぶち抜いた。
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うわぁ、とあたしは吹っ飛ぶ馬鹿を見送って、ふうふう荒く息を吐くフェイをなだめにかかる。
「ま、――まぁまぁ」
うわ睨まれた。
しかも涙目だ。
それでいて表情が薄いもんだから怖いなぁ、うん。
と、
「オレふっかぁ――つ!」
ガバー、とレオが立ち上がった。
血だらけだった。
もうちょっと正確に表すと、血だらけの馬鹿だった。
「はははオレは頑丈になってるんだよバぁーカ!」
叫んだ馬鹿がぶっ倒れた。
「……きっと、かけらごとに得られる力が違うのね。アレはどうやら、盗賊のものらしいけど」
私たちはクリスタルから直接力を与えられたのかしら、とフェイが冷静に言う。怖い。
彼女は胸を軽く腕で隠しながら、解かれ頭に載せられたサラシを丸めてポケットに突っ込んだ。
と、ゴホン、と咳払い。
「ワシらは大した手助けもできんが、影から見守るぞ!」
んむ、とサーダお爺様が続けて言う。
「クリスタルを研究している者が、ダゲレオにおると言うな。まずはここから北東にあるカナーンに行くといいんじゃないかのう。そこからなら、ダゲレオに行く船もある」
「そこを目指します、サーダ長老」
バッツとアイコンタクトをしたフェイが答えた。
まあ、そこ以外行くべき場所も分からないし、カナーンは元々港町だから、どこへ行くにしてもまずはそこだ。
「んむ。それじゃちょっとサーダじいちゃんが小遣い上げちゃうからのー。これで魔法書や薬を買っていくとええじゃろう。壁のことは気にするでないよ」
「うむ、ここは仮にも長老の集会所じゃからの。若いモンに任せてしまおうか。……それで、いつ出るつもりじゃ?」
「……とりあえず、あの馬鹿が回復してからに、しようと思います」
言って、フェイは頭が痛そうな表情を作った。
やっちゃったわ私でもいいわよねレオだし、みたいな顔だった。
「ワシらからもいくらか餞別があるぞ。コペは色々早いモンでもう渡してしまったようじゃが」
「な、なんじゃいその誤解招く言い方は!」
「ははは老いてますます盛んじゃのう、ネリクや。……おおすまんオヌシ本が嫁じゃったのう!」
コリオ爺ちゃんが本で殴り倒された。
「バッツ、このジジイの鎧あるじゃろ。あと剣。それを持ってっていいそうじゃ」
「それは、」
「いいそうじゃ」
「……はい」
と、開いた壁の向こうから、イリガおばあちゃんの声がした。
「あら、フェイ。教えたブリザド、もう使えるようになったのかい」
「はい」
イリガばあちゃんは、目の前でぶっ倒れているコリオ爺ちゃんのお嫁さんだ。
魔道士で、騎士だったコリオ爺ちゃんとは半ば駆け落ちみたいな形でこの村に来たらしい。
「カナーンに行くのかい?」
「はい」
「それじゃ、あの辺、地下の魔物多くて地下道多いから気をつけなよ。それと」
言って、彼女は二本の棒を取り出した。
「私のお下がりで悪いけどね、杖とロッドさ。大量生産品だから質はそんなに良くないけど、頑丈ではあるよ」
はい、と渡されたロッドは、あたしも何度か使わせてもらったことのあるものだ。
でも、
「……私、これ使うの、」
怖くて、と言う言葉は、続かなかった。
フェイより、純粋な威力では劣るけれど。
フェイのそれより収束したあたしの魔法は、より効率よく人を傷つける。
「……ん」
ロッドを握る手を、イリガばあちゃんが握ってくれた。
やさしい力だ。
「敵はなぎ払ってオッケーなのよ、ティータ」
「……そっかぁ!」
「おいおい洗脳されてんな軽くよ」
と、レオが今度こそ復活してきた。
続く言葉は、笑顔のイリガばあちゃんに行く。
「いいだろ、怖いんなら無理して使わせなくてもよ。めんどくせェけど、単純に魔力強いアホ女もいるし、平気だろ」
「そうね。それにティータ、白魔法だって使えないわけじゃないでしょう?」
言葉の裏、レオが軽い雷に打たれてぐぎゃあと悲鳴を上げる。
そろそろフェニックスの尾が必要そうな感じだった。
ん、とイリガばあちゃんは笑う。
「そう、敵はなぎ払っていいの。でも、私は、ティータがそのままの方がいいわ」
「……うん」
イリガばあちゃんの手が、暖かい。
……出立は明日。明朝と言うことに、決まった。
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でよ、と言って、オレは収まりの悪い包帯をいじった。
見上げた先には星がある。
薄い雲で月は隠れていたが、光は見えていた。
「色々買ったり貰ったりしたわけだけどよ……」
馬鹿やってかくまってもらったりした、マイアの母ちゃんに礼を言いに行った帰りのことだ。
「何、不安なの?」
「そうじゃねぇよ馬鹿。オレが言いたいのはな、」
「言われてホイホイ旅に出るのが嫌ってこと?」
あたしは楽しそうだしいいけどなぁ、と、前向きに成り果てたティータが言う。
「……そりゃ、いつかこんなとこ出てやろう、って思ってたさ」
つまらない村だ。
娯楽なんて、ごく稀に来る旅芸人や吟遊詩人くらい。
注文した品だって、数ヶ月待ってようやく来るような所だ。
それでも、
「それでも、……なんだ。ちょっとはオレも、この村が好きだったんだよ」
前を行くバッツの背中が、肯定の雰囲気を出していた。
誰をはじめとでもなく、オレたちは立ち止まる。
マイアの家は、少し外れにある。
だから、帰り道、そこの途中の丘からは、村全体が見渡せた。
畑がある。
魔物よけの魔法をかけた石柱がある。
家の灯りがある。
十七年を過ごした村がある。
「……出るからにゃ、何かデカいことでもしねぇとな、ってことだ」
うん、と、フェイが頷いた。
「明日、……だものね。しばらくここには帰って来れなくなる」
「一生かもね……?」
「そうなるかもしれないな」
「や、やめてよぅ、バッツ! 怖いから!」
「そうならないよう努力しよう」
うぇー、と、ティータが嫌そうな声を出す。
テンションの上下が激しいヤツだな、と思うと、笑みが漏れた。
こるぁー、と下手な巻き舌で殴りかかってくるティータをアイアンクローでその場に固定し黙らせた。
こちらを見るバッツに、薄く笑みが浮かんでいるのが見えた。
珍しいな、と思いながら、空を見上げた。
雲が流れ、月が見えている。
新月でも半月でも満月ではない、中途半端な月。
それは妙に白く、どうしてか、少しだけ目にしみた。
……オレらしくもない。
そうこうしているうち、不意にバッツが歩き出した。
「明日、だな」
そうね、と、フェイが続く。
「明日、ね。明日から、私たち、四人だけで旅に出るんだから――」